[012]閑話 ―2つ目の無駄話―
「ヤラヌ三銃士と砂場の子供」
家の前の緑道を歩いて行くと、砂場と滑り台だけの小さな公園がある。昼の予定が昨晩キャンセルになったので、今日は昼前に起きてふらふら緑道を歩いている。いつもは立ち止まらず通り過ぎる公園が、何やら騒がしい。暇つぶしがてら、様子を見に行くことにした。砂場には3人の小洒落た若者と、母子がいた。どうやら騒がしさは3人の若者によるものらしかった。
若者の1人と目が合った。その若者は私を見つけるなり、こちらに歩み寄ってきた。曰く、
「俺の名前は御託ナラブ。はっきり言っておくが、俺は相当頭がキレる。世の中の様々なことに興味関心を持ち、アンテナが受信した情報には敏感に反応している。いま友人2人と砂場で泥団子を作ろうという話をしていたのだが、この泥団子が実に面白い。一見するとただの泥の団子なんだが、そもそもなぜ泥で団子を作るのか、泥団子を作ってからどう活用するのか、泥団子を作ることによって何が生まれるのかなど、考え始めるとキリがない。美しいフォルムの球体を、この寂寞とした砂場から切り出して生成するという行為のダイナミズムが、僕には感じとれる。それをどう言語化しようか、いまはまだ検討段階なのだが…」
若干(というか相当)圧倒されたが、話していること自体はなるほど筋が通っていたりもしたので、しばらく聞き入っていた。すると、もう1人の若者が近づいてきた。曰く、
「僕は伊丹ツツム、突然絡んでごめんなさい。ナラブは本当に話すのが上手くて、しかも社交的だから色々な人にこうやって話しかけちゃうんだよね。でも、実はナラブ、こう見えて結構繊細でさ、ちょっと反発を食らったりするとすぐダウンしちゃうの。だから、そういうときは僕が相談相手になってあげるってわけ。僕はナラブほど論が立つわけでも、コミュ力が高いわけでもないけど、人の相談を聞くのとかは得意なんだ。聞くっていうより、聴くって感じ、耳編のほうの字ね。今の社会、ストレス多いじゃん?だから、みんなが抱えてる愚痴とか聴いて、共感してあげるの。そうすると凄くみんな安心してくれて、そういうときのホッとした笑顔を見ると、僕も幸せになるんだよね。ああ、今日もこの人の役に立ったなあってさ。もしよかったら君も僕に相談してみない?なんでも聴くよ。」
どうやら突然、目の前に相談窓口が現れたようだ。なんだか悪い人ではなさそうだが、こうも突然聞かれると言葉に詰まってしまう。相談、相談、最近なんかあったはずだ…下を向いて考えていると、3人目の若者の靴が視界に入り込んできた。顔をあげると、最後の1人が目の前に立っていた。曰く、
「ツツム、突然そんなふうに聞かれても普通答えられないよ。ごめんなさい、僕は志治羽コナスです。僕たち3人は幼馴染なんです。昔からこうやって、3人で連んでいるんですけど、なんか僕たち凄くいい感じのバランスなんですよね。ナラブが賢い頭でその場の立ち振る舞いについて考えてくれて、何かやることがあれば僕がそれを実行する。僕とナラブの日々のストレスは、ツツムが聴いてくれるからそれでなんとかなる。凄く良い感じじゃないですか?特に僕は、やるべきことをどんどん示してくれるナラブとの相性が本当に抜群なんです。1人で考えていても、良い考えは浮かぶんですけど、本当にそれを行動に起こして良いのか判断しきれなくて。」
ナラブが恥ずかしそうに手を振りながら、
「いやいや、やめてくれコナス、それ以上褒めてくれるなよ。俺の思考力を褒めてくれるのは嬉しいが、それじゃあ俺が考え続けるループから抜けられない事実が伝わってないぞ。確かに考えるのは得意だし、それを発言して世に示すのも気後れせず実行できる。だが、」
ツツムが笑顔を全く崩さずにナラブを遮って、
「いいんだよナラブ、多少時間が掛かっても決められるじゃないか。しかも、決めるまでのプロセスでナラブが語ってくれる話の数々もとても面白いよ。僕はいつも聞き惚れてしまうんだ。」
ツツムに同調してコナスも、
「そうだよ、僕もナラブが満足いくまで付き合うよ。どうせ自分じゃどうもできないし、ナラブの決めてくれたことを実行するのが僕にとっても最良の選択だから。」
どうやら彼らのやり取りは一周したようだった。もうたくさん、暇つぶしにしてはかなりヘヴィだった。お互いの支え合いに必死になっている3人からそっと離れ、公園の出口に向かって歩き出した。砂場から母子のやり取りが聞こえたが、振り向くのも億劫なのでそのまま出口を目指した。
「お母さん、見て!今度はちゃんと丸い?」
「どれどれ。最初のよりはずっと丸いけど、4個目の方がツルツルで美味しそうだよ。」
「ええ、じゃあもう一個、今度は丸くてツルツルで美味しそうなの作る!」
「そんな5個も泥団子作ってよく飽きないわねぇ…」
完