[005]閑話 ―1つ目の無駄話―

2016年11月11日

 

「次は、永福町、永福町。永福町では、各駅停車との待ち合わせを致します。通過する、東松原、新代田…」電車に乗っていたらそんなアナウンスが聞こえた。外ではつんとした空気が人間の文明を避けるように下向きに走り回っている。自分の目的地を確認する。「通過する」駅で呼ばれた名前を思い出しながら、照合作業を行う。百パーセント一致シマシタ、貴方ノ目的地ニ、急行ハ止マリマセン、そんなロボット音声が耳の中にこだました。でも、僕は降りない、降りても良い、降りなくても良い。「いつもの自分ならきっとここで…」ふわっと僕から抜け出たいつもの自分は「各駅停車」に向かって歩き出した。

僕を乗せた急行は、次の駅に向かって動き出した。「通過する、東松原、新代田…」ご丁寧に先ほどと同じアナウンスが流れる。人間の文明が、つんとした空気に抗うように滑稽な明るさを振舞っている。やはり僕の目的地は呼ばれた。まだ降りない、まだ降りなくて良いし、まだ降りたくない。その次の駅に向かう途中でも、またアナウンスが流れる。まるで、なかなか降りない僕を急かしているような気がしてくる。つんとした空気さえも、この反逆児に媚びた顔で微笑んでくる。分かった、今度こそ降りる、どうせ降りなくてはならない。

ドアが開き、駅へ降りると、青い空気に包まれたような不思議な気持ちになった。誰からも支配されていないような解放感、絶対的な時間を生きているような孤独感、いろいろなものが青い空気のなかを漂っていた。アナウンスで何度も讃えられていた「各駅停車」は、いまどこにいるのだろう。優越感からくる微笑を浮かべながら、僕は憶測を並べた。つんとした空気はいつのまにかどこかに消えていた。誰か有名な研究者が、「時間は進化する」と言っていたのを思い出した。物体の移動する速度が上がれば、同じ時間で移動できる距離が増える。同じ時間でも移動している距離が違えば、多く移動している時間のほうが、そうでない時間に比べて進化している、というような主張だったと記憶している。ということは、僕はいま、進化した時間を生きている。安易な発想かもしれないが、今の僕には充分すぎる考察だった。そんなことを考えていたら、目の前にあの「各駅停車」が滑り込んできた。ドアが開くと、そこには進化前のいつもの自分が眼を丸くして立っていた。「なんでお前がここにいるんだ」とでも言いたげな自分に、僕は「有意義な五分間だったよ」と勝ち誇った。そして、僕らは、ぴったりと重なった。

いたずらに乗り過ごしたことで引き剥がされた二人。そのあいだに生まれた五分間は僕に進化を実感させた。


 


学生室長 Takuya Kobayashi